あれは私がまだ大学生の頃でした。

当時私はいわゆる貧乏学生で、日中は大学に行き勉強、夕方からはレストランでアルバイトをしてギリギリで5帖のワンルームを借りて生活していました。

文学部に在籍していたため実費で購入しなくてはいけないテキストや書籍が多く、着るものも食べるものもギリギリまで切り詰めていました。

スリに遭ったのはそんな生活をしていた頃の冬でした。

初老の男性にバイトの帰り道に道を尋ねられ、地図を書いてくれと頼まれました。

私が快諾すると男性は、私に大きなスケッチブックと大きくて重いポーチのようなものを押し付け、その量に困っている私からスルリとカバンを取って逃げてしまいました。

運が悪いことにその日私はお給料日(当時、おのお店は手渡しでの支払いでした。)。

更に帰り道に本を買うために少し多めにお金を入れていたのです。警察に連絡したものの帰ってくる見込みは無く、一人暮らしへの反対を押し切って出てきた実家へは恐くて連絡出来ませんでした。

途方に暮れた私は、駅前でひときわきらびやかなネオンで飾られたスナックに駆け込み、前払いで働かせてもらうように頼み込みました。

その日から、大学→バイト→スナックという多忙な毎日が始まりましたが、スナックでの接客は私の想像をはるかに超えて、濃くてためになるものでした。

真面目だけが取り柄で垢抜けない私はお客さんの目を引いたようで、年配の男性などに良くしていただき、昔の文学や作家の話も興味深いものに触れることがありました。

無事にお金を返し終わったあとはスナックは辞めましたが、卒業後はそのスナックで出会った社長さんの出版社で数年働いたりもしました。